グリーンフック・ジンスミス
Greenhook Ginsmiths
基本情報
| 所在地 | 米国ニューヨーク州ブルックリン、グリーンポイント(208 Dupont Street, Brooklyn, NY 11222)[1][2] |
|---|---|
| 創業 | 2010年に事業を始め、2012年に最初のジンを発売(公式サイト)。SEEQUORは2012年創業とする[3][4] |
| 創業者 | スティーブン・ディアンジェロとフィリップ・ディアンジェロの兄弟[3] |
| 蒸溜器 | 真空で動くように設計した特注の銅製ポットスチル(300リットル)[1][5] |
| 製法 | 減圧蒸溜(低い温度で蒸溜する)[1][4] |
| 見学 | 原則として受け入れなし(Difford's Guideによる)[2] |
目次
ウォール街を離れた創業者が、グリーンポイントの倉庫で始めた
グリーンフック・ジンスミスは、ニューヨーク市ブルックリンのグリーンポイント地区、デュポン通り208番地にある蒸溜所です。公式サイトは自らを、グリーンポイントを拠点に減圧蒸溜でジンをつくる蒸溜所と紹介しています。公式サイトによると、始めたのはスティーブンとフィリップのディアンジェロ兄弟です。2010年にジンづくりへ乗り出し、2年後の2012年に看板のアメリカンドライジンを出しました。日本で輸入販売するSEEQUORは、2012年の創業としています。[3][1][4]
始まりの経緯は、ニューヨークの街を紹介するメディアUntapped New Yorkが2016年5月に詳しく書いています。ディアンジェロはクイーンズのベイサイド育ちで、もとはウォール街で資本市場のブローカーをしていました。2009年の金融危機のあと、蒸溜所の計画を練り始めます。2010年に兄弟とグリーンポイントの倉庫を押さえ、許可が下りるのを2年待って、2012年に蒸溜所を開きました。[6]
動き出した年の書き方は出典で違います。Gin Foundryは2013年の記事で、スティーブンが2008年に動き出し、2012年に正式に立ち上げたと書き、蒸溜所を運営するのはスティーブンと兄弟のフィリップだとしています。[5]
製品は少しずつ増えていきます。米国の酒類卸Skurnikによると、2012年春に最初の製品としてアメリカンドライジンを出し、同じ年のうちにビーチプラム・ジンを、2014年秋にオールドトム・ジンを加えています。2016年当時、Skurnikは記事の見出しでグリーンフックを「アメリカで唯一のジン専門の蒸溜所」と呼んでいました。[7]
300リットルの蒸溜器を真空にして、低い温度で蒸溜する
蒸溜所の中心にあるのは、真空の状態で動くように設計した特注の銅製ポットスチル(単式蒸溜器)です。容量は300リットル。公式サイトは、蒸溜器から空気の圧力を取り除くことで、ふつうの蒸溜器よりずっと低い温度で蒸溜でき、ボタニカルの繊細な香りが熱で「煮込まれた」ようにならずにすむと説明しています。圧力を下げて蒸溜するこのやり方を、減圧蒸溜と呼びます。[1]
Gin Foundryなどによると、減圧には水銀式の真空装置を使っています。Gin Foundryは300リットルの銅製アランビック蒸溜器と書き、Skurnikは手で打ち出してつくった一点もののジン専用の蒸溜器と紹介しています。Untapped New Yorkも、水銀式の真空装置を備えた特注の蒸溜器だと伝えています。[5][7][6]
原料は銘柄で違います。アメリカンドライジンは有機小麦のスピリッツがベースで、Difford's Guideによればニューヨーク州産の小麦です。オールドトム・ジンは、コーンをポットスチルで蒸溜してつくります。Skurnikによると、アメリカンドライジンは蒸溜後にステンレスの容器で最低3か月休ませてから瓶に詰めます。[8][9][10][7]
つくっているジン
2026年10月時点で公式サイトに並ぶのは、度数47%のアメリカンドライジン、30%のビーチプラム・ジン、50.05%のオールドトム・ジン、それに12%の缶入りのジントニックです。ビーチプラム・ジンは、アメリカンドライジンに丸ごとのビーチプラムをタービナド糖とともに7か月漬けたもの。缶のジントニックも、アメリカンドライジンでつくります。[10]
オールドトム・ジンは、1900年代の香辛料交易に着想を得たボタニカルを使い、バーボン樽で2年熟成させてからオロロソ・シェリーの樽で仕上げます。日本のSEEQUORも、バーボン樽とシェリー樽で約2年熟成させたジンと紹介しています。[10][11]
日本ではSEEQUOR(シーカー)が、アメリカンドライジン、ビーチプラム・ジン・リキュール、オールドトム・ジンの3種を輸入販売しています(2026年10月時点)。[12]
2016年当時は、創業者がほぼひとりで回していた
Untapped New Yorkの2016年の記事によると、ディアンジェロは広報、マーケティング、営業、経理、在庫の管理、そして蒸溜まで、ほぼひとりでこなしていました。週末の瓶詰めの日には、6人が手伝いに来ていたといいます。[6]
見学は、原則として受け入れていません。Difford's Guideの蒸溜所データにそう記されています。[2]
年表
| 2008年 | Gin Foundryによると、スティーブン・ディアンジェロが蒸溜所づくりに動き出す[5] |
|---|---|
| 2010年 | スティーブンとフィリップのディアンジェロ兄弟がジンづくりに乗り出す。Untapped New Yorkによると、この年にグリーンポイントの倉庫を押さえる[3][6] |
| 2012年(Skurnikによれば春) | グリーンポイントの蒸溜所から、看板のアメリカンドライジンを発売[3][7] |
| 2012年 | ビーチプラム・ジンを発売[7] |
| 2014年秋 | オールドトム・ジンを発売[7] |
グリーンフック・ジンスミスの銘柄
参考資料
- Greenhook Ginsmiths
- Difford's Guide
- Greenhook Ginsmiths
- SEEQUOR
- Gin Foundry
- Untapped New York
- Skurnik Wines & Spirits(米国の酒類卸)
- Greenhook Ginsmiths
- Difford's Guide
- Greenhook Ginsmiths
- SEEQUOR
- SEEQUOR
最終更新:2026-10-01 内容の誤りを知らせる